「十日参り」、鎌倉の寺四箇所を参拝。 [?神社仏閣]
「十日参り」、鎌倉の寺四箇所を参拝。 07.08.10
・本日8/10は 盆行事の一つとされる
鎌倉花火大会ですけれども、
鎌倉の寺を4つ参拝する用事がありました。
これまでは 早朝4:15am頃に家を出ていましたが、
今日は寝坊をして 4:45am頃に家を出ました。
この地域の風習で、
身内の者が死ぬと 三年間参拝します。
H11に母が H14に兄が死んで、
H12~17の6年間続けました。
この間に 父の妹である叔母と その夫が死に
父の兄である伯父も2年前に死んで、
父が参拝するのを私が代行して
結局 H12から 今年H19で 8年連続になりました。
「十日参り」といって、
早朝の内に「安養院」「杉本寺」「覚園寺」「長谷寺」を参拝します。
人それぞれでしょうが、私は この順番で参拝します。
雨が降らない限り 私はチャリンコだから苦にはなりませんが、
雨の場合は バスが まだ走っていないし
自動車を横付けできない寺もあるので それは大変なことです。
幸いにも、私は 雨に遭ったことはありません。
自転車に乗れない お年寄りにとっては、
歩くのが困難な距離です。
・8/16は「十日参り」とセットで、「円王寺」を参拝します。
・たまたま いつも重なる同日8/16の午後は、
実家菩提寺の施餓鬼法要のため 父の代行で私が出席します。
↑ この文章は、
友人から戴いた電子メールへの返信文を使いまわししまスタ。アハハハハ
だから、叔母・叔父・伯父については 身内のことを他人へ言っているので
’ 亡くなった ’とせずに 「死んだ」 と表記標記されています。
叔母・叔父・伯父の縁者様がこれをお読みになられることがありますれば、
このブログが 不特定多数様への発信との旨を 御理解願います。
・・・ ・・・、我ながら 巧みな言い訳とオモフ。
1-01) 鎌倉市大町「安養院」山門 5:05am頃。
1-02) 鎌倉市大町「安養院」山門。
いつもより30分くらい遅いので、
まあまあの明るさで撮れた。
***
2-01) 鎌倉市二階堂「杉本寺」参道入口。
金沢街道から撮った。 5:15am頃。
2-02) 鎌倉市二階堂「杉本寺」 山門を見上げる。
2-03) 鎌倉市二階堂「杉本寺」
山門下から、奥の苔生す階段を覗く。
***
2-04) 鎌倉市二階堂「杉本寺」
山門をくぐり、苔生す階段を見上げる。
現在は通行不可。
2-05) 鎌倉市二階堂「杉本寺」本堂。
数年前に屋根が葺きかえられた。
2-06) 鎌倉市二階堂「杉本寺」
境内から、苔生す階段を見下ろす。
***
3-01) 鎌倉市二階堂「覚園寺」山門前。 5:45am頃。
3-02) 鎌倉市二階堂「覚園寺」境内から本堂を望む。
↑ おことわり: この日8/10の早朝参拝者は無料ですが
参拝料納付所内側から撮影禁止区域なので、
この写真は参拝料納付所の手前からズームで撮ったものです。
.
***
4-01) 鎌倉市長谷「長谷寺」山門。
法事の正式名が書かれた看板を
撮ったつもりだったが、反射して読めない。
4-02) 鎌倉市長谷「長谷寺」
茶店室内から、自宅方向を撮った。
---
4-03) 鎌倉市長谷「長谷寺」紫掛かった白の百日紅。
4-04) 鎌倉市長谷「長谷寺」百日紅。
---
4-05) 鎌倉市長谷「長谷寺」大手毬
4-06) 鎌倉市長谷「長谷寺」
大手毬を撮ったつもりだったけれども、
百日紅かもしれない?っと自信がなくなった。
---
4-07) 鎌倉市長谷「長谷寺」木槿(槿、むくげ)
4-08) 鎌倉市長谷「長谷寺」むくげ
---
4-09) 鎌倉市長谷「長谷寺」アメリカフヨウ。
何故「ヨ」が小さいの?どう発音するのじゃ?
4-10) 鎌倉市長谷「長谷寺」アメリカフヨウ
---
4-11) 鎌倉市長谷「長谷寺」庭園から山門を見る
4-12) 鎌倉市長谷「長谷寺」庭園の桔梗
”早朝の鎌倉材木座海岸 07.08.10 ” へ続く。































暑い中お疲れ様です。
その土地によって供養の仕方が色々あるのですね。
4つのお寺をお参りする十日参りは知りませんでした。
うちの方では、施餓鬼法要は新盆の家だけがお寺に集まります。
今年は村で11軒。全部終わるまで足がしびれないか心配です。
ところでアメリカ・フョウはやっぱり「フョッ!」っと
発音するのではないでしょうか?爆
しかし、この札を書いた人はお坊さんですかね?
by 蘭子 (2007-08-10 18:05)
蘭子様、労いのお言葉を ありがとうございます。
調査したわけではないのですが・・・
現在では、鎌倉のごく一部の地域だけに残った風習なのかもしれません。
鎌倉「市」は とても広いのですが、
海と三方の山に囲まれた地域のみに残る?風習なのかもしれません。
三方山の 海岸線の西方一端が稲村(稲村ガ崎)で、
東方一端に 私が住んでいます。
今は 逗子市なのですが、鎌倉時代の要衝「住吉城」が在った地区であり
当時の 魚介類を供給する漁村で 鎌倉幕府の文化圏だったと
されています。
「十日参り」も その名残りなのかもしれないと考えています。
同じ逗子市でも 一山越えると=鎌倉幕府の文化圏から遠ざかる と、
友人と その家族に聞いた限りでは、そんな風習は無いそうです。
廃れてしまったのかもしれません。
私自身ですら、母が死んだことで これを知ったくらいですから。
こちらでも 施餓鬼は 新盆の家だけが寺へ集まるのが一般的のようです。
私の寺の場合は、本堂の収容人員都合上 新盆の家だけで満杯です。
外のテント席で 最初から法要読経に参列する人もいますが、
私を含めた大部分の人は 読経が終る頃を見計らって寺へ来ます。
申し込んだ塔婆が配られる時間帯を見計らって来ます。
更に私の場合は、
申し込んだ塔婆代と 施餓鬼料を納める目的もあります。
係りの人「護持会」役員 が ’受付コーナー’で 精算してくれます。
-------
「アメリカ・フョウ」は、誰が書いたのでしょうかねぇ・・・
格式云々とは別の視点で、
「長谷寺」は 継続的な手入れを要す庭が広い有数の寺です。
だから、
庭師を含む寺の作業をする 僧籍でない多くの人が従事しています。
札へ花の名前を書くことなんか、ボーさんはしないと思いますけどねぇ。
by mitch (2007-08-12 16:50)